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2004年10月の13件の記事

2004-10-30 口を開けて(3)

発音の基礎を確認しはじめたら、いろいろと出てくる。

NHKラジオ中国語講座応用編2004-04月第7課に「这个颜色有点儿淡了」という箇所がある。CD録音ではこの部分がかなり速い。同じくらいの早さで口に出して録音してみると、yanse の yan が日本語の「ヤン」に近くなっていた。手本ではどんなに速くても「イェン」だ。


速さに注意して聞くと、速い中にも微妙な間合いがある。一息で言う箇所に演奏記号「スラー」を書き入れてみたらなかなか具合が良い。ちょっとした区切りには息継ぎの印「v」を入れるのも良さそうだ。

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2004-10-28 口を開けて(2)

NHKラジオ中国語講座応用編の4号分を10月に始めたが、まだ1ヶ月分が終わらない。「口に乗る」感じを実感するまでCDを聞いているからだ。

i の鋭さや a の開放度について認識を新たにしたが、こんどは ong の深さにも気付いた。
"You mei you zhong hao de?"(Mサイズはありますか)
の zhong で、CDではあごの奥の方がしっかり下がった音に聞こえる(口を開けるのとはちょっと違う)。会話文でごく普通の速度でもこれだけはっきりと出すのだ。以前に出てきた
yi zhong yao(薬)
もこういう音だったのだ。聞き直してみよう。

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2004-10-27 口を開けて

学習を始めた頃、a の音は口を大きく開いて出すと習った。軽く声門を閉じてから気持ちよく開放的な音を出す。

最近この点を意識することがなかったので、改めてCDを良く聞いてみる。普通の速度(学習用に遅くしていない速度)でもちゃんと開いた音だ。CDの速度に追いつこうとして私の口の動きはやや少なくなっていたようだ。英語の学習書に書いてある警句"lazy lips, immobable jaw and idle tongue"(なまけものの唇・固いあご・動かない舌) というわけ。

背筋を伸ばし、ゆっくりと呼吸して軽々と中国語の音を出すつもりで練習する。口が良く動いている状態を思い浮かべる。

不思議なことに、口や舌の運動量が多くなっても速度は落ちないものだ。そして発音は確実に明瞭になる。慣れない音(言語)ほど大げさに練習するという原則を思い出した一幕。

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2004-10-23 その母音は正しいか?

NHKラジオ中国語講座応用編に取り組んでいる。放送中の番組ではなく、2004-04〜09放送分のCDだ。

昨日気づいたことが一つ。

まだ中国語の音は意識して出している状態なので、油断するとすぐにいいかげんな音になる。中国語の学習を始めて最初に学んだ基本母音も怪しい。新しい語を追いかけたり文をなめらかに読もうとすると、いつの間にか i が鈍く(広く)なっている。中国語の i はかなり鋭い(狭い)音だが、自分のものになっていないのだろう。

皆さんの i は大丈夫だろうか。 e は正しいだろうか。 u もなかなかの難物だ(「この"u"は日本語話者のいちばん不得意な母音なのです」*)。

* 関西学院大学 日下教授、アルク「中国語ジャーナル」2004-04月号 p.23

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2004-10-23 nとngと

ng の直後に l や n が来るときに油断して発音すると ng が n に近くなる。
たとえば听力 tingli や王奶奶 wang nainai 。 ting や wang の ng が「鳴る」前に舌で空気の通路を遮断してしまうのだ。

はっきりと ng が出てから n や l に移るのが正しいのかどうかはNHKラジオ中国語講座のCDを聞いてもわからない。しかし、中国語は ng と n とを使い分ける言語だから、おそらく ng を出すのだろうと考えて ng を出す練習をしてみる。

tingli だったら ting と li との間に少し間合いを入れる。この練習をしてから、 ting と li との間をだんだん詰めていく。少し繰り返して慣れてくると ng が鳴ってから n や l に移れるようになった。ただ、 ng を強くしようと意識しすぎると不自然な発音になる。

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2004-10-17 無気音と濁音

発音の練習で苦手意識が抜けなかったのは「無気音」だ。

録音教材を聞いたときにはどうしても日本語の濁音に聞こえた。 ji は「ジー」だし、 da は「ダァ」だ。

広島大学の加藤助教授のすぐれた資料「中国語発音学習教材」のおかげで、どのように音を出せば無気音になるかはわかった。

息を送るかそうでないかで区分するという感覚は発音するときにはわかるようになったが、自分で出している音が自分の耳にはまだ濁音(有声音)の変種に聞こえていた。

それでも自分の声を録音して聞くと手本のとおりきれいな無気音になっている。少なくとも発音のしくみは身に付いたと考えてよいのだろう。


そして今日。録音をしているときに無気音を一つ濁音で代用してみた。再生したら無気音とはかなり異なる音になっている。ああ、無気音と日本語の濁音とはこのように違うのだとはっきりとわかった。


NHKラジオ中国語講座入門編2004-09の「中国語発音道場」(遠藤教授)によると、無気音は声の高さによって濁音に近くなる(「对日汉语语音教程」もこのことを指摘している)。
遠藤教授は ta の発音を国際音声字母(IPA)を使って次のように示している:
一声・四声(高い) [ta]
二声(やや高い) [tda]
三声・軽声(低い・弱い) [da]

頭でわかって身体で憶える。こうして一つずつ解決していこう。

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2004-10-17 四声あなどるべからず

中国語の学習を始めようと思ったときに(ちょっと)心配だったのは「声調言語」であること。多くの人もそうではないかと思う。

学習を始めてみるとそんなに大変ではないような気がした。
1.四種類+軽声しかない。ベトナム語・タイ語や上海方言はもっと大変。広東方言は...。
2.声調の違いがはっきりしている。高い・上昇・低い・下降。
3.声の高さが変わる率が直線的(三声強調形を除いて)。上がり方がだんだん急になるとか、下がり方が徐々にゆるやかに、ということがない。

まったくの初心者だったときには怖いもの知らずで、「これはけっこういける」と思った。今になって思うと、声調を十分意識しても読めるような簡単な材料ばかりを使っていたからだ。

購入してあったNHKラジオ中国語講座2004-04〜09のテキスト+CDで応用編を始め、ときどき自分の声を録音して手本と比較している。昨日ちょっと驚いたのは、四声を堂々と間違ったところがいくつかあったこと。その文字だけを取り出せば正しく発音できるのだが、文章で読むと間違っているのだ。そして録音を再生して始めて気が付く。

しばらくは録音による確認が欠かせないと思ったが、早めに気づいて幸運でもあった。音読で文章を自分のものにしていくのは重要だが、自分勝手な発音・間合いで読む危険は大きい。自分の耳の感覚が十分に鋭いかどうかを良い教師と確認してから取り組むほうが安全だ。

参考になりそうな記事があった。下記のは正論だ。
「English Room 411」→「独学で英語は身に付くか?」→「自己流音読の危険性」
http://www.geocities.jp/new_englishroom411/englishselfstudy.htm

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2004-10-16 繰り返し

NHKラジオ中国語講座応用編に時間をかけている。「これでもか」というくらい繰り返してみることにした。

英語の学習では同じ文章を何度も繰り返して学習した記憶があまりない。なんでもどんどん記憶してしまう年代というのがあって、おそらくそこにさしかかっていたのだろう。たとえば、小学校6年のときに憶えた電信(モールス)符号は20年以上使わない後でも即座に反応できる。小学生のころの記憶のしくみは30代以降と違うのではないかと思えるほどだ。

そして、英語の週刊誌、小説や記録文学を良く読むので、同じ材料こそ使わないものの、「繰り返し効果」は十分にあるのかもしれない。英誌 The Economist 1冊の英文量は高校教科書の3年分よりも多いだろう。それを何年にもわたって毎週読んでいるのだから。


最近始めた中国語ではそうはいかない。言語の学習能力そのものは衰えていないのだろうが、記憶の瞬発力は昔とは比較にならないほど弱っているようだ。簡単な学習材料でも何度も繰り返さないと「自分のもの」にならない。NHKラジオ中国語講座応用編はそんなに難しい材料を使っていないのだが、ひととおり学習してもしばらくすると文章が「口に乗って」こない。

硬派な学習の記録「中国語会話 グズでノロマな独習体験記」を見習って、少し時間をかけて繰り返しをしようと思う。

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2004-10-10 中国語発音

今日は自分の発音を録音して矯正した。材料はNHKラジオ中国語会話応用編。通勤時に電車の中で何度も聞いているから簡単だろうと思ったが、再生してみるとやはりところどころ不自然だ。母音・子音や四声は良いのだが、区切りや間合い、強弱が手本と違うところがある。

その日初めて自分の声を録音するときにはどうしても声が少しうわずってしまう。ちょっと不自然な自分の声を再生して聞いているうちに冷静になってくるので、練習の本番はそこからだ。

1.自分の声が手本と違うところを見つけ、どこがどう違うかを箇条書きにする。
2.速度を落としてその部分を読んでみる。
3.手本を聞く。
4.もう一度録音してみる。

「どこがどう違うか」を聞き分けるのが大切。自分の声を聞くのには割とすぐに慣れ、「けっこういいじゃないか」と思えるようになる。みなさんもぜひ試してみるべきだ。

マイクロフォンを前にするとどうしても呼吸が浅くなるので、身体の力を抜いてゆっくりと息をする。私の場合には漢字と漢字とのつながりが不自然(途切れる)ので、なめらかになるように意識して練習する。

優秀な管楽器演奏家に稽古をつけてもらったことがあるので、その経験がとても役に立つ(言語学習は芸術だと私は思っている)。

一度にたくさん練習せず、何か一つ学ぶことがあったらそこで休む。それでも手本を聞くときにずいぶんと感覚が鋭くなっているから、何らかの成果はあるのだろう。

自分の声を録音して聞くのには抵抗を感じる人が多いが、会話の相手が聞くのはテープレコーダから出てくる「その声」なのだから、声に責任を持つためにも親しんでおくべきだ。

安価なテープレコーダ・マイクロフォンは今日も立派に任務を果たした。

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2004-10-09 NHK応用編

NHKラジオ中国語講座応用編を聞きはじめて2週間。聞き始めると言っても、2004年4月号のCDだ。テキスト・CDを4月から9月まで購入して入門編にとりくんだ。入門編担当の遠藤教授が「暗記するくらいになるまで」と書いていたとおり、終わってみればほとんどすべての課を記憶している。まあ、8行の課題を一週間で学習するのだから当然なのだろう。

時間をかけて何度も聞く・読む・書くという作業をすれば無理をしなくても記憶に残る。このことを納得できたのも入門編での収穫だ。成年になってからの外国語学習では「入ったものしか使えない」。「デンさんの広東語相談室」の記事「テープ300回の聞き方」にあるように、外国語の言い方を何か発明することはできないのだから。

NHKラジオ中国語講座応用編のCDは入門編のような繰り返し録音をしていない。学習者が自分でくふうして再生を止めたり戻したりして使う必要がある。はじめのうちはなんとなく文章か記憶に残りづらいと感じていたが、それは単に回数が足りなかったからのようだ。入門編のときと同じくらい反復練習すれば課題がずっと身近に感じるようになる。「あちら」にあった文章が「こちら」に来たような感覚と言えばわかっていただけるだろうか。

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2004-10-02 たいへんなblog

たいへんなblogを見つけた。

今まで気づかなかったのが残念だ。

中国語(というか、あらゆる言語)の学習にとても役立つだろう。このblogの著者は自らの考え・体験をとてもわかりやすく表現している。なかなかできないことだ。

今日は自分の記事が少し恥ずかしく思えた日となった。

「中国語会話 グズでノロマな独習体験記」

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中国語ジャーナル

語学学習出版で著名なアルクの「中国語ジャーナル」を買った。それも2004年4月号から最新刊までをいっぺんに。

めあては「クサカ教授の発音"徹底"トレーニング」だ。教授は「頭で知り、身体で覚える」ことを提唱しているが、この考えは大いに支持したい。発声器官をどのように使って「その音」を出すのかがわかってこそ練習ができ、聞き取ることができるようになると思う(8歳くらいまでの「魔法の年代」を除いて)。

この連載には今まで疑問に思っていたことに答えてくれる記事が多い。発音の訓練では一つの教材を丁寧にこなすだけでは不足だ。教材の作者と学習者との双方に考え方・感じ方の「癖」があるから、さまざまな教材を補完的に使うことも必要だと考えている。

私は英語の学習でも一種の「音フェチ」状態なので、いろいろと発音について勝手にこだわっている。他の人がどのように学習するかは知らないし、私の方法が優れているかどうかはわからないが。

HARATENさんのblog「China Expert」に「クサカ教授の発音"徹底"トレーニング」を紹介する記事があった。HARATENさんも発音を重視する立場のようで、頼りになる先輩を見つけたような心強さである。

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2004-10-01 ピンインは大発明

PCで中国語を扱うようになってしみじみ感じたことが一つ。ピンインの偉大さだ。

1.発音を体系的に学習できる。
2.辞書の見出しに使える。
3.アルファベットのキーだけでPCに入力ができる。

外国人が中国語を学習するときにピンインがなければずいぶんと大変だ。また、英語キーボードをそのまま入力に使えるのだから慧眼と言うべきだろう。

「水を飲むときには井戸を掘った人を忘れない」
喫水莫忘井人。〔俗諺〕

ピンインの制定にあたっては実際の音を優先するのか体系の一致を優先するのか等、さまざまな議論を乗り越えたようだ。

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