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2004年11月の8件の記事

2004-11-28 不安

中国語学習には数年前から取りかかりたいと思っていた。言語の学習はひとたび始めたら大変だというのはわかっていたから先延ばしにしてきたと言っていい。

学習するからには自分なりの目標に達したいが、はたして可能なのかどうかと不安に思ったことはときどぎある。しかし、その日の課題に取り組んでいるうちに不思議と楽しくなって、不安は忘れてしまう。初歩の段階では進み具合が目に見えるのも一助だろう。重要な基礎文法事項はこれからたくさん出てくるので、「言えなかったことが言えるようになる」ことを感じ続けることができる。

いまのところ当初思っていたよりは学習の速度が上がっていない。時間的にいろいろと制約があるから特に不満には思っていないが、これからはもう少し集中して練習しようと思う。

発音や基礎的な漢字がわかってくると、その先に続く学習量に圧倒されるときもあるだろう。そういうときには少し前を振り返って、
「それでもずいぶん遠くに来たものじゃないか」
と思うことにしよう。事実なのだから。

あわてることはないが、怠けない。こだわることはないが細心に。

基本文法を終わるころには、この先どのくらい時間と努力を注ぐべきかがわかってくるかもしれない。

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クサカ教授の発音"徹底"トレーニング

中国語ジャーナルに連載中の「クサカ教授の発音"徹底"トレーニング」に取り組んだ。
2004-05〜2004-12の8号分を一度にさらったが、消化不良にはならなかったと思う。

この記事は関西大学の日下恒夫教授が2004-04から連載しているものだ。初歩を一通り終わった学習者に見られる種々の思い違いや知らなかったことを明解に説明している。広く知られていること(/u/は日本語のウと大きく違う、等)も視点を変えて説明し、徹底して練習するようになっているのがよい。

「中国人教師の発音と自分の発音とが違うのはわかるが、どのように差を縮めるかがわからない」
といった場面で最適の教材となるだろう。

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2004-11-21 文字・辞書

NHKラジオ中国語講座応用編(2004-04〜2004-09)に取り組んでいる。5月号の第1課がまだ終わらない。

4月号を10月に始めたから、少し遅れ気味だ。もう少し学習時間を増やすといいのだろうけど、音楽CDを聞いていた間は課題CDを聞かなかった。まあ、音楽も中国語だからよしとしよう。

応用編の内容は初級の範囲なのだが、基礎編よりは新しい漢字が多く登場する。学習初期に出てくる文字こそ重要なので、なるべく辞書で文字本来の意味や類義語の使い分けを調べるようにしている。「整理」の対象が比較的こまごましたことで(本を片づける、等)、「整顿」はもっと大きなこと(交通、経営など)に用いるなど、テキストの訳だけでは見逃してしまうことが多い。

漢字の意味も日本語と似ているものもあればちょっと飛躍しているように(日本人の基準で考えると)思えるものもあって興味深い。

中日辞典も各社競争で改良が進んでいるようでありがたい。私は辞書は新しいものが出ると躊躇せずに買い求めるようにしているので、次の版が出るときが楽しみだ。英語の辞書も「ぼろぼろになる」前に改訂版が出るのでいつもきれいなものだった。

電子辞書も改訂に対応しているとありがたいのだが、メモリを交換できるものはごく限られているようだ。


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2004-11-17 休み

今日はNHKラジオ中国語講座のCDを聴かなかった。10月・11月で全く聴かなかった日はまだ5日に満たないはず。

Jiang Xinの第三作「純粹」をCD再生機に入れて持ち歩いていた。アルク「中国語ジャーナル」2004-04号附属CDで紹介されていたのを聞いて購入したのだが、収録されている曲すべてに魅力があり、なかなか止められない。演奏も安定した職人芸で、皆かなりの腕前だと感じる。Jaing Xinの才能に惹かれて集まってきたようだ。


ときには休みもいいだろう。中国語は聞いているのだが。歌詞を解読したいという強い動機があると辞書を引くのも早くなる気がする。歌を聞いてピンインを思い浮かべて辞書を調べるのも楽しい学習だろう。

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2004-11-13 音声教材

NHKラジオ中国語講座応用編5月号にとりかかって気づいたことがある。録音の声が少し聞きやすくなった。

4月号までは音量が押さえ気味だと感じたが、5月号のCDは低音が充実して臨場感のあるものになった気がする。

とても参考になるブログ「中国語会話 グズでノロマな独習体験記」の記事が少しずつ増えている。ありがたいことだ。

そこで「やはり」と思ったのは、定評ある基本教材を使うと効率的に学習できるが、それだけでは日常の中国語(会話やテレビ等)がわかるようにはならないということ。これは英語の学習の経験でよくわかる。

英語の聞き取りも、ニュースや論説など、「できあがったものを読む」英語ばかり聞いていると映画・ドラマのせりふを聞き取るのがとても難しい。ただ、反対に気楽な日常会話中心に英語を使っていた人(いわゆる帰国子女)は逆で、改まった英語は(主に語彙の面で)難しいという人もいる。

改まった読み方なら簡単だが、日常の会話を聞き取るのは難しいと決めつけてはいけない。単に練習をしたかどうかの問題だ。これからの学習者は音声材料が手軽に入手できるのだから、口語的表現や言いよどんだり調子・速さが変化する発言も積極的に初期のうちから取り入れるといいと思う。

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2004-11-13 中国歌謡

中華人民共和国で活動している音楽家Jiang Xin(Jessica)の最新作「纯粹」を聴いている。
この作品は音楽的にとてもすぐれていると思う。日本でほとんど知られていないのは惜しい。
いろいろと関連記事もあるが、今の私の力では中国語記事を読めずにとても残念だ。
http://www.modernsky.com/bands/jiangxin/jiangxin_index.htm

中国では自作自演歌手の草分けとして高い評価を受けているようだ。自らの姿勢と音楽とを一致させるというのが信念のようで、発表される談話もそれに沿ったものだ。


この歌手の h はとても明瞭で。日本人のhとは全く違う。のどの奥で摩擦している音がはっきりと聞こえ、国際音声字母の[x]の手本のようだ。

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2004-11-11 ぐるぐる

NHKラジオ中国語会話応用編、4月号を10月に始め、ようやく5月号に入った。

さすがに応用編というだけあって、入門編のようにさらさらとは進まない。初出の字も少し多くなるし、例文も(入門編よりは)たくさん。簡単な単元を完全に理解・習得して進んでいくのが語学の初歩にはふさわしいので、自分で進んでいける速度が正しい速度だと思っている。

中学・高校で英語を習っている生徒は気の毒だ。一律の進み具合では必ずわからないままになる生徒がでてくるし、わかる生徒にとっては新しいものが出てこないのは苦痛だろう。どこまで進むかは人により異なるが、進んだところまでは「百点」であるべきだ。


応用編の新しい課を聞くとなかなか聞き取れないし、例文の記憶にも数日が必要だ。だが、十分に練習した後にはとても簡単に感じるようになる。必ず。

この感覚を記憶しているから難しく感じても落ち着いて取り組めるのだと思う。
「いままで投げ出した課があったか」
「ひとつもなかったではないか」

この先もっとずっと学習が難しくなるときが必ず来る。そのときにも今と同じ心構えで取り組みたい。

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2004-11-07 発音を習うには

母語にない発音を身につける早さには個人差が大きい。スキーや一輪車といった身体動作や楽器の演奏・歌唱といった音楽活動とよく似ていると思う。ある人にとってはたやすいことが他の人にとってはなかなか難しい(ときとして不可能)。

手本を聞いて練習するだけでほとんど問題なく音を再現できる恵まれた人もいる。優秀な教師に教わればなんとか身に付く人もいる。母語との違いをどうしても自分の感覚で理解できず、ずいぶんと時間がかかる人もいる。
※「デンさんの広東語相談室」の掲示板発言2004-10-05「音痴でも大丈夫」参照。

中国語の発音練習に際して、まず自分の耳を疑おうと決意してとりかかった。耳で聞くことは大切だが、それだけでは(私は)発音を身につけられない。発声器官の使い方を自分のものにすることでようやく中国語の音を再現できるはずだと考えた。

たとえ話をしよう。ヨーロッパ人やアラブ人が日本の「吸い物」を飲む。何度か飲めば香り高く上品な味だと思うかもしれない。だが、このスープを作る方法はおそらく彼らにはわからないだろう。カツオの特定の部位を熱加工し、薫製にし、菌を植えて天日乾燥を繰り返す。こうして作った鰹節を薄く削ってさっとだしを取る。

中国語の発音を録音教材で何百回と聞いても、それは「吸い物を味わっている」だけだ。何の魚を使い、どのように茹でて薫製にし、どの種類のカビを付けてどれだけ干すのか。これがわからないと再現はできない。

ここで頼りになるのが優れた教師だ。中国語の母語話者と発音を身につけた日本人との2人組が理想だろう。声門の閉鎖具合にはじまり、共鳴の強さや息の使い方をまず練習する。そして口の開き方・舌の位置を「ミリ単位」で教師に調整してもらえば子音・母音の練習も短時間で実りの多いものになるだろう。日本語の特色を理解した日本人教師の説明は母語話者教師の直感的な指摘よりもわかりやすいはずだ。


部分的な練習も必要だと考える。スキーでは斜面を降りるだけでは上達しない。ピアノ演奏も曲を演奏するだけでは身に付かない。筋力トレーニングや音階練習は不可欠で、そういう部分練習をうまく組み合わせたときの効果は非常に高い。

たとえば、舌の動きが難しければ舌の動きだけを取りだして練習してみてはどうだろう。中国語の練習をする前に準備運動として ci・zhi・ci ×3回、 zhi・ci・zhi ×3回を繰り返すなど、いろいろと考案できる。

無気音と有気音との区別が難しければ、思い切り小さな声でそっと有気音を出す(送気の感覚を味わう)練習を取り入れるのも役に立ちそうだ。


大人の学習の楽しさは、自分で仮説を作って試せるところにある。思いこみによる害が出ない程度に遊んでみようではないか。

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