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2005年9月の8件の記事

2005-09-25 二つ目

「外国語の学習は3つ目くらいからが面白い」
という勇ましい主張を読んだことがある。

母語のほかに3ヶ国語話すと楽しそうだが、私の場合には英語に加えて中国語を身につけたら大いなる進歩だ。

中国語の学習を始める前に
「どれほどやったら(私の)英語くらい使えるようになるだろうか」
という意味のない不安があった。

英語は仕事で使ったし、日本人向けの試験では高い点数を取った(TOEIC970、英検1級)。会議の司会やパーティーの進行役も経験した。外国語だという苦手意識をそれほど感じることなく「するするっ」と英語が出てくる(出てこないときも少なからずあるが)。

ところが、学習を始めてみるとこれは余計な心配だった。むしろ、英語を使うことで中国語の学習に役立つことが多い。

第一に、外国語を使うことがどういうことかが感覚としてわかっている。私が望む程度の中国語運用能力を身につけるのはそれほど難しくないと思えるので、落ち着いて学習を進めることができる。私よりもはるかに高度の中国語を使う人を見ても絶望感や劣等感を覚えずにすむのも良いことだ。

第二に、学習の方法をじっくりと検討する余裕ができる。自分が必要とする運用能力を(英語で)体験済みなので、そのために何が必要かがわかる。何階建てのビルを建てるにはどの程度の基礎工事が必要なのかがわかるのと同じだ。

漢字を使うから・語尾変化がないから中国語は習いやすいというが、最初のうちは意図的に漢字の練習はせず、文法書は使わなかった。発音や自然なイントネーション、すばやい反応を身につけることが先だと思ったからだ。こうして基礎をしっかりさせておけば、後になって日本語との共通点(漢字)を十分に生かすことができる。

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2005-09-23 苦手な音

今日は発音について気ままに書く。
教師には確認していないことばかりだ。

【難しい連結】
「文章」が苦手だ。発音するとき、wen で上歯茎のあたりに舌が接する。zhang に移るとき、舌を少し奥に移動させるとすると、けっこう忙しい。手本のCDでは何の苦労もないように続けて発音している。舌の位置変えをあまりしていないのではないかと思う。

t と k と】【q と t と】
今までの1年8ヶ月くらいの間に、t を k と q を t と聞き誤ったことが数回ある。初級用教材の録音だから音は明瞭だし速度は遅い。テキストで確認するととたんに正しく聞こえるようになるのが困ったものだ(「そういわれれば現象」と勝手に命名している)。

【s・sh・x】
以前 shi と xi との区別が難しかったときがあった。これは日本語の音の影響が強いからだと思う。解決のヒントは中国南部の人が話す普通語だ。そり舌音が苦手な中国人の shi は xi にはならずに si になる。つまり舌の位置が xi とは違うのだ。

shi と xi との識別が苦手な人は、まず si と xi との音の出し方(舌の位置)を確認するとよいと思う。shi は si に近づくことはあっても、xi に近づくことはない。

【小さな e】
zenmeyang が「ゼンマヤン」に近くなってしまうときがあった。私の日本人脳が zen や me をカタカナの「ゼン」や「マ」に翻訳してしまうのが問題。弱い a のような音になりがち。中国語では弱くても e は e の音を保っている。是的や觉得、什么といった語の e を発音するときも、単母音の練習で出した e の特徴を忘れてはいけないようだ。

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訂正記事

NHK教材は2002年のものだと書いたが、正しくは2004年の放送分だ。おわびして訂正する。

※ 記事はすでに訂正した。

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教材惜別(売却希望)

学習をはじめたときに愛用した教材をお分けしたい。思い出の残る優秀な教材だから、これから中国語を学習する方の役に立つと思う。

NHKラジオ中国語テキスト:
2004年4月~9月号(入門編は青山学院大学 遠藤光暁教授が担当)
経年による傷みは相応。書き込みはほとんどない(あったとしても鉛筆で軽微)。
切り取りなし。

NHKラジオ中国語CD:
2004年4月~9月号、入門編(A)+応用編(B)。
(入門編録音は容文育・沈宝慶)
箱入り、欠品無し。

書籍「発音の基礎から学ぶ中国語」(相原茂 朝日出版)
わずかに鉛筆で書き込みあり(○印等)。

条件:
1.NHK教材はテキスト+CD全品一式で買い上げていただきたい。
2.NHK教材は4,500円(新品購入価格は11,580円)。
3.発音の基礎から学ぶ中国語は1,000円(新品購入価格は2,625円)
4.手渡し、あるいは郵送。手渡し場所は山の手線の左半分(秋葉原・品川・渋谷・新宿)から横浜駅あたりまで。
5.手渡しなら現金。郵送なら教材がそちらに着いてからの後払い(銀行振込)。
6.申し込みは電子メールにて。締め切りは当blogで通知する。
7.中国語学習図書のおまけ有り。


shirakura.jun-ichi@nifty.com

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2005-09-14 修訂新中国語

ピンズラーに手を出しているが、以前から取り組んでいる修訂新中国語も並行して進んでいる。
全44課のうち43課に到達した。

この教材は録音が良いので表現をまるごと憶えるのが楽だ。「なりきる」感覚が呼び起こされやすいと言えばわかっていただけるだろうか。

今年(2005)の1月にこの教材を開始したから、上下巻44課に約10ヶ月かかることになる。基礎には十分に時間をかけて中国語の音の感覚を身につけようと思ったので、自分としてはそれほど遅くないと感じている。

この次は「初級 漢語口語 提高篇」(北京大学出版社)を使って自然な会話表現を身につけようと思っている。改訂版は日本や米国の教科書のようにあかぬけた印象だ。

この教材選定にあたっては北京に社費留学した新聞記者中隊長氏のblog「中隊長的日常」およびshrimp氏のサイト「中国語を話そう」を参考にした。

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2005-09-11 漸進

学習の方法が人によって異なるのと同様、上達を実感する方法も様々だと思う。

ときどき見聞きするのが、
「踊り場にいた感じだったが、抜け出した」
「これが breakthrough なのかと思った」
という話。

ただ、私にとっては外国語の上達はいつも切れ目のないものだった。上達の速度はそのときどきで違ったのだろうが、「壁を破った」という思いはしたことがない。

じわりじわりと上達していると、驚きや大きな楽しみはないかわりに日々継続して学習する楽しみがある。昨日よりは今日が、今日よりは明日のほうが自由に自分を表現できることがわかっているから。

能力の上昇曲線が非連続でも連続でも、上達する実感を味わうことは大切だ。優秀な教師は実際に上達したところを見つけて的確にほめてくれる。優秀な学習者ならそれを自分でする。

胸を張って自らに言えるよう努力しよう。
「ここが良くなった」
「苦労したが、だいぶまともになった」
「それでは新しいことを習おう」

※この記事はshrimpさんのサイト「中国語を話そう」の不定期日記2005-09-10記事「News茶座」を読んで思いついた。

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2005-09-07 発音学習の個人差

中国語発音の習得も、割合に簡単に進む人と、かなりの時間をかけてもとても自分勝手な発音をしている人がいる。

忍耐強く聞いてくれる人や日本人の癖に慣れている人ならなんとか理解してくれるという発音では心許ない。このような状態では、
1.外国人の中国語に慣れていない相手とは話ができない。
2.電話で会話ができない。
3.学習するにつれて癖がさらに強化されてしまう。

信頼できる教師に発音だけをしっかり習う期間を定期的に持つことを強くおすすめする。内容をすべて知っている課を教科書から選び、自然なやりとりになるよう練習する。優秀な教師なら発音が実用に足りるまでしっかりと直してくれるだろう。もっとも、「発音が間違っているのはわかるが、どのように矯正指導するかがわからない」という教師が多いのが現実だが。

「知っている内容なら絶対に一回で通じる」ように話せるのが普通の状態だ。

基礎をしっかり学習した人は中国語を母語にする人にたびたび次のように言われるはずだ。
「おや、意外と(中国語が)できないんですね」
つまり、発音やイントネーションが自然なので、もっとずっと中国語を自由に話せるはずだと思っていたのだ。

このような状態になると学習の効率が良い。読んでいて頭の中で響く音も正しい発音だし、口に出すときにもそのまま実用になる状態だからだ。

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2005-09-03 Pimsleur快調

ピンズラー(Pimsleur) 中国語2は30課中の18課まで進んだ。即座に反応する練習としてなかなか役に立つ。

外国語の学習(特に初期)で大敵なのは「自分勝手」だ。「守・破・離」の「守」のうちから用心深さが少々足りなくなる人が多いように思う。しっかりと基礎を固めたと思ったら、その基礎を即座に動員できるようにすることが大切だ。

「間違いを恐れず多く話そう」という主張の裏には、同じ間違いは繰り返してはならないという自明の教えがあると銘ずべきだろう。

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