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2006年1月の8件の記事

2006-01-29 置き換え練習

初级汉语口语提高篇を使った練習は、いままで本文丸覚えを中心にしてきた。

  1. 本文を見ないでピンインで書き取り、答え合わせをして音の思い違いを矯正する。
  2. 本文の意味のひとかたまり(一文が短ければその文)を数十回から百回ほど聞く。
  3. 録音のすぐ後について自分で口に出せるようにする。
    このときには文の頭からだけではなく、後半からも練習すると効果的。
      例:为了实现我的梦想,从现在起,就要做好准备。
      まず「就要做好准备」を言えるようにしておくと、文頭から言う練習のときに落ち着いて取り組める。
  4. 本文を自分で暗誦する。内容がわかっていると楽に出てくるものだ。
  5. 自分の暗誦を録音して手本と比べる。

平行して辞書で漢字一文字ずつの意味をしっかりととらえておく。

暗誦の秘訣は決してつっかえないことだ。ひっかかる箇所は同じ方法で練習しても何度もひっかかるだけで、悪い癖を強化する。難しいところはリズムや区切りを変えて練習して通過する。とにかく練習を難しくしてはいけない

教科書には置き換え練習も載っているので、これからは自分で文章を組み立てる練習もしようかと考えている。中国語教室で教師に会話の相手になってもらうと有効だろうから、わがままをきいてくれる教室を探してみるのもいいかもしれない。

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2006-01-29 良い教材に当たったようだ

北京大学出版社 初级汉语口语 提高篇は初級テキストとはいえ本文が多様で飽きないようになっている。

第六課では留学生が他国の留学生と恋に落ち、同級生に相談したり母親に手紙を書いて説得したりしている。録音の声も感情がこもってなかなかのできばえだ。

女声担当は2人のようで、やや硬質で落ち着いた暖かい声と、ちょっと湿った感じの感情の起伏がはっきりと出る声とが交互に聞ける。

男声は野太い上級生っぽい声と、学生らしい快活で明るい声とだ。

第一課ではずいぶんゆっくりとした発音だったが、第五課や第六課では速度にやや変化のある自由な感じになってきている。

初級が終わったら同じシリーズで中級・上級もあるので、口語の練習は楽しいものになるだろう。

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2006-01-26 壁さまざま

中国語学習中に「壁を破った」という思いをしたことがない。進歩には自分で容易にわかるものとそうでないものがあるように思う。これは英語の学習をしているときも同様だ。

中国語の発音についても、「ああ、こういうことか」という「わかるとき」があるのだが、ひとつの音について一度ではない。しばらくして別の機会に「いや、やはりこういうことなのか」と思い直すことばかりだ。

半導体メモリ音楽プレーヤ(MP3プレーヤ)に高分解能イヤフォン組み合わせて通勤途上で初级汉语口语提高篇を聞いている。発音でいろいろと気づくところがまだまだ出てくる。

まず、「u は日本人が一番苦手な音」と「クサカ教授の発音特訓塾」(アルク社の中国語ジャーナルに連載 2004)に書いていたが、これは本当かもしれない。
我们学校有很多课外活动小组。
の「组」zu は日本では聞いたことのない音だ。美しい発音(そういうものが普通語にあるのかどうか知らないが)を目指さないとしても、zi と区別できる音でなければならないだろう。

次に参ったのが速さ。
为了实现我的梦想,就要做好准备。
この「就要做好准备」が猛烈に速い。NHK中国語会話入門編の漢字1文字が二分音符だとしたら、これは八分音符だ。自分で言おうとして追いつけなかったのは学習を始めて2年近くになるが、これでまだ二度目。

いつもなら分割作戦でなんとかなるのだが、今回は大変だった。
就要 要做 做好 好准备
就要做 要做好
と繰り返してもなかなか自分のものにならなかった。

一晩寝ると好転することがあるから、急がずに進もう。

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2006-01-22 そう簡単ではない

中国語の教科書を読んで録音する。新しい文法事項があると、初回録音で満足がいくことはまずない。音と意味との関係が私の頭の中でしっくりと結びついていないからだろうか。

手本のCDと比較して問題点を明らかにすると自然な発音になんとか近づけることができる。最近感じるのは私の録音が「なんともいえず日本人らしい」ことだ。原因をはっきりと定義できていないが、どうも音と音とのつながりが自然ではない。子音がもう少し弱くてもいいのかもしれない。

多くの日本人学習者は母語の影響からか中国語の子音が弱めだ。しかし、私の場合は次のような問題があるのかもしれない。
1.中国語=外国語 という意識がある
2.外国語=英語 という生活をしてきた
3.英語の音声は日本語とだいぶ異なるので、英語を話すときには英語の音を出すようにしている。
4.「中国語=外国語」だから、「英語みたいに音を出さなきゃ」という無意識の働きがありそう。

手本を聞いて注意するとだいぶ自然になるが、しばらくすると癖が再発している。

この問題にはあわてずじっくりと付き合っていこう。どこがどう自然でないのかがわかってくればいいのだから。

初级汉语口语 提高篇 は第5課に進んだ。日常にありそうな題材なので学習に力が入る。

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2006-01-15 息抜き

中国語学習ばかりしているわけにもいかないのがつらいところだ。だが、これはこのblogを読んでいただいている皆さんにとっても同じこと。それでも時間は過ぎ、人生は進む。

学習と関係ないので恐縮だが、息抜きに音楽でもどうだろうか。ふとしたことで耳にしたアイリッシュハープやリュートの調べがとても心地よく、学習用のMP3プレーヤT20でついつい聞いてしまう。

Magnatuneというオンライン音楽配信会社は「まず聞き、気に入ったら料金を支払ってください」という方針だ。Classical のカテゴリからいくつか聞いてみてはいかがだろうか。

今聞いているのは
Cheryl Ann Fultonの The Airs of Wales
Edward Martin の Art of the Lute in Renaissance France

耳に心地よいだけではなく、端正な音楽の中に情熱がこもっている。

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学習者の宝

日本語から学ぶ中国語・中国語から学ぶ日本語
王浩智 東京図書

名著の登場だ。中国語を学習する日本人、かなり日本語を使えるようになった中国語を母語とする人に強く勧めたい。

二つの言語の違いを内面からつかまえ直すことができる著者がときどき現れ、学習者にとって導きの灯台となる。英語の一般学習者にとってはマーク・ピーターセンやT.D.ミントン、近年ではマクベイ+大西がその役を果たしてきた。研究者や専門家には当然のことであっても、それを一般向けに書くことには大きな価値がある。

この本のすばらしさを要領よくまとめて伝えるのは難しい。しかし、第一章の「時間感覚」や「空間感覚」を書店で見ただけでも手に入れたくなるだろう

表現したい対象を時系列に沿って「因・行・果」と3つの段階に分けるとする。著者の主張では、日本語は「因」の部分を切り取って対象を表現しようとするし、中国語では「行」に焦点を当てる。
手近な例は日本語の「入院」と中国語の「住院」だ。日本語では病院に入るところ(因)に、中国語では病院に留まるところ(行)に焦点を当てる。

血液を採取して検査するときもこの原則のとおりだ。
「採血」(日)
「验血」(中)
生活面でも
「入浴」(日)
「洗澡」(中)

著者の切れ味は空間の把握でも冴えている。日本料理店の品書きを例にして切り取り方を説明する。
お椀(日)
蚬酱豆腐汤(中)

茶碗蒸し(日)
蒸鸡蛋羹(中)
日本語は外面を切り取ろうとし、中国語はあくまで内容に迫ろうとする。

例に挙げた時間や空間の捉え方はこの本のほんの入口だ。著者の分析は日本語・中国語による考え方に深く入り込んでいく。事例の選び方が秀逸で理解を大きく助けているのも美点。

こうした本を読むと、名著といわれる文法書が立ち入ることができなかった(あえて立ち入らなかった)部分の重大さにため息が出る。今後このような本が増えていくことを強く望む。

当分の間折にふれ読んでいく本になるだろう。

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2006-01-10 短く発音する語

哪天你没时间去食堂排队的话,也可以打电话订个盒饭,又快又方便。
これはなかなか難しかった。
1.「去食堂」の去と食との間が短い。つまり、去がとても短い。中国語では動詞と目的語との結びつきが強いようだ。
2.「也」は軽く短く発音される。「还有好多菜呢」の还もそうだ。一呼吸入れて「さて、次にはこんなこともあった」という続け方ではない。次に言うことがはっきりしている印象を受ける。

こういうところに意外と中国語が難しい要素が隠れている気がする。

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2006-01-08 自然な抑揚

初级汉语口语 提高篇 (北京大学出版) の第4課に取り組んでいる。中国で編集した口語の教科書、それも第二版なので例文が自然だ。録音教材もCDで使いやすい。録音の話す速度は自然な速さとはいえないが、ことさらに遅いわけでもなく聞いていて楽しい(NHKラジオ中国語講座の応用編くらいの速度)。

文の中では漢字それぞれが占める時間が異なるし(均等の長さで発音されるわけではない)、声調を保ったまま高さが変わる。もちろん強弱もある。

端午节の説明で
那天家家都吃粽子
というところでは、「家家」はかなり高いが、「都吃」は一声といってもそれほど高くない。四声はときどき一声よりも高いところから一気に下降するが、「粽子」はやや低めに発音された「都吃」に自然に続いている。

もちろん読み手による個人差もあるだろうが、ひとまずこの教材を基準にして発音するようにしよう。

也・都・就・更といった語を発音するときの音の高さや速さにも気づく点が多い。今はただ自然なイントネーションをまねるだけだが、学習が進めば文法上の必然性がわかってくるのではないかと思う。

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