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2006-12-03 大きくとらえよう

中国語録音教材を再生し、録音者とまったく同時に発声して自分の声を録音する(単一指向性のマイクロフォンだと教材の音はほとんど入らない)。これを再生して教材と比較するといろいろと発見がある。

どうしても自分の発話に神経が集中するが、ときどき声を小さくして聞くほうにも気を配るべきだ。自分の発音が手本と微妙に違うことに気づくことも多い。

注意を向ける対象は意識して変える必要がある。もっとも、意識すると聞こえてくるものが違ってくるから人間の可能性はたいしたものだといつも思う。

さて、このように二年半ほども練習していて最近気づいたのは以下の点だ。
1.
個別の音をしっかり模倣しようとするとその音に強勢アクセントが付きがちだった。音節だけではなく文の流れを意識して発話することが大切。

2.
声調は弱いところ・速いところにもきちんと存在するが、機械的ではない。ときとして声の高さの変化はわずかになる。伝える内容によって速さ・強さ・高さの三要素がどのように変化するかをまるごと身に着けるとよい。

3.
速さについていこうとして余裕がなくなると日本人の弱点(日本語では区別しない点)が表面化しがちだ。
 ・声調の乱れ・弱化
 ・有気音/無気音、n/ng の区別があいまい

楽器を演奏するときに楽譜を懸命に読んでいる状態では音楽の大きな流れが失われ、作曲家の意図が失われがちだ。外国語の運用も似たようなもので、文法、語彙、発音に気を取られていると相手の話の内容が十分でなくなり、自分の言うこともしっかりまとまらなくなる。実用になる表現とは、まるごと即座に取り出すことのできる表現だと思う。

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