« 2008-06-21 浜っ子、ディープ中国街に驚く | トップページ | 2008-06-29 听写(北风吹) »

2008-06-22 なるほど、補語はやっかい

サイト「中国語を話そう」の shrimp さんがこんなことを書いています(不定期日記 2008年5月15日)。


中国語の文法で何が一番難しいかと聞かれたら、
私は「補語」と答える。次いで、「“把”字句」だろう。
しかもこの補語と“把”は一緒に使われることが多いから、厄介だ。

中略
実は私が初めて「“把”字句」と「補語」という大きな壁にぶつかったとき、
「中国語をマスターするだなんて、絶対に無理だ…」と諦めかけた。

以前の私だったらピンとこなかったかもしれません。外国語には日本語と似てもにつかないところがあるのがあたりまえで、「把」を使った構文や補語もそのようなものだと思っていました。

shrimp さんは私のずっと先を行く中国語の使い手・学習者ですし、そもそも外国語の学習についての考えは十人十色。だから shrimp さんが「一番難しい」という本当のところは私には理解できないと思っていた方が安全ですね。

ただ、最近になって shrimp さんの気持ちをわずかながら追体験するようになりました。この二つの組み合わせはたしかに難関です。

中級漢語口語に出てきた簡単な例を挙げてみましょう。
先把土豆丝放进去。(まずじゃがいもの細切りを入れます)
このくらいなら丸ごと憶えてしまえるのですが、それだけでは済まない難しさがあるように思います。「動詞+目的語」という普通の語順なら「放土豆丝」なのですが、動作はもっと具体性のある「放进去」なのですね。重要なこと・新しい情報は後ろに置くという中国語の性格からして、主な動詞の「放」よりも「进去」のほうに焦点が合っているかのようです。こうしてせっかく重心を後ろに置いたのに、その後にいまさら「土豆丝」とは言いたくない(言えない)。こんなことが一瞬のうちに話者の心に閃くからこそ、まず「把土豆丝」と言えるのでしょうね(そして、話者はそんなことを意識することもない)。

これは日本人の私からすると、文の「先読み」ですね。口を開いたときにはすでに「放进去」と言うと心に決めている。そうしないと「把」が出てこない。

文の意味を決定するほどの働きをする補語がたくさんあって、それを瞬時に選び取って話す。話し始めるときには目的語を先に言ってしまう。これはなかなか難しいですね。

|

« 2008-06-21 浜っ子、ディープ中国街に驚く | トップページ | 2008-06-29 听写(北风吹) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/12069/41610830

この記事へのトラックバック一覧です: 2008-06-22 なるほど、補語はやっかい:

« 2008-06-21 浜っ子、ディープ中国街に驚く | トップページ | 2008-06-29 听写(北风吹) »